今日は、午前中のうちに西宮神社の十日えびすに行ってきました。毎年、参拝し福笹とお守りを買っています。宵えびすで平日なので、土日にあたる本えびすと残り福よりも人が少ないのでは、そう思って参拝に出かけたのですが、かなりの混雑でした。
境内では参拝する行列ができていたのですが、誰かに整列を促されることなく、自然と列ができて本殿まで続いていました。人が多い場所で自然に整列し、流れをつくることができるのは私たち日本人にとっては当たり前。子供の時から学校教育の場で整列し順番を守ることを学んでいるからできることなのでしょう。
私たちの日常生活において、あらゆる場面で暗黙の了解、不文律があります。それらを自然に守っているからこそ効率的かつ安全に生活できています。最近では、個人の自由とか個性とかを大事にしなければならないという主張が、個人の我儘が許されるための言い訳になっているように思います。
日常生活の不文律、マナーなどを強制されなくても自然に守っていけるような社会が維持できるといいのですが、どうやらそういった日本人の美徳と言える部分は失われつつあるように思います。それらを失った社会は、街中にゴミが散乱し、人混みで押し合いや争いが起こり、荒んだものとなることでしょう。2026年は、私たち日本人が、過去の日本社会で守られてきたものを今一度大切にする一年であってほしいと願います。